元町にある相楽園は街中のオアシス

相楽園を斜め上から見ています。後ろにある小高い丘が諏訪山。諏訪神社は森の中で見えませんが、ビーナスブリッジとレストランが山上に小さく見えます。

元町駅(JRと阪神)は、南京町、大丸神戸店、旧居留地、メリケンパークなどへ行く時に利用する駅ですが、いづれも海側へ向かいます。豚まんの四興樓も海側です。山側にあるのは兵庫県公館と、諏訪山にある諏訪神社とビーナスブリッジ。今回、神戸猫のPochi(ポチ)とMontblanc(モンブラン)は、元町駅(JRと阪神)から山側へ歩いて約10分、明治時代の末に、池や滝と山を巡るように造られた池泉回遊式の日本庭園「相楽園」へ出掛けます。

相楽園は、元々は小寺泰次郎という人の庭園やったけど、1941年(昭和16年)以降神戸市の所有になって、一般公開されるようになったんやて。
この正門前ではよく婚礼衣装姿(和洋どちらも)の写真撮影が行われてますよね。
どっしりした門構えと、華やかな衣装との対比が面白いのかな。瓦には小寺家の家紋が入ってるんやね。
門を入ってすぐの所に蘇鉄園で、約300年の樹齢のものもあるそうですよ。
歩いて来て突き当たると、季節の花が植えてあるね。アジサイが咲いてるな。
左側に大きなクスノキがありますね。1567年に荒木村重が花隈城の鬼門よけとして植えた、と伝えられているそうですよ。花隈城跡はここから南へ約10分歩いた所で、今は公園になってますよね。
突き当りを順路通りに来ると、旧小寺家厩舎やね。サイロに見える円筒形の塔がある1910年(明治43年)頃に建てられたそうや。ちなみに日本で一番古いと言われるサイロは、小岩井農場で1907年(明治40年)に建てられており、サイロ状の建物は当時モダンやったんやろね。
厩舎の隣にあるのが旧ハッサム邸。1902年(明治35年)、北野町にイギリス人の貿易商のハッサムという人によって建てられたんやけど、1963年(昭和38年)北野町から移築されてきたので、元々相楽園に最初からあったんやないんですよね。
そうか、王子動物園にある旧ハンター住宅みたいに移築されてきたんやね。
1階の応接室を北側の居間の方に向かって撮ったんやね。異人館は部屋に暖炉があるのは、日当たりの良い北野町でも冬はやっぱり寒かったんかな。
1階応接室
使用人室と厨房は、別棟の「離れ」のようになってるんやね。
1階使用人室と厨房
その厨房からこの配膳室まで料理が運ばれて来たんやね。奥の扉がある所は地下室へ下りる階段になってるんか。
そうか、1階は接客を考えた造りになってるんやな。
それで、2階は自分たちのプライベートな生活を中心に造ったんやね。
2階 南東の部屋
そやから、お風呂が2階にあるねんな。
浴室
2階の南西にあるこの部屋は窓が多いから、日当たりの良い神戸の家ですよ、みたいな部屋やね。
2階南西の部屋
異人館の建物に入ると、子供の頃に感じたハイカラ感を思い出したり、展示してある写真に昔あったような風景を思い出したりして、つい時間をかけて見てしまうわ。
日本庭園が逃げる訳でもないし、ゆっくりしたらええのんちゃいます。
池泉回遊式の日本庭園と言うだけあって、

滝や、築山へ登る階段や、

川の飛び石からの隧道もあったり、

池に架かる石橋もあって巨大で贅沢な体験型ジオラマやな。

船屋形ですね。これも旧ハッサム邸と同じように1980年(昭和55年)に移築されて来たんですね。

江戸時代、姫路藩主が河での船遊びに使っていた、川御座船(かわござぶね)の屋形部分だけを持ってきたんですよね。

そうや、国内で唯一現存してる川御座船をバックに、池の石橋に立って婚礼衣装姿の記念撮影を、正門前と同じくらい、ようやってるで。
これからの梅雨の晴れ間にここで一服しても良いし、雨の時はカフェ「相楽園パーラー」から日本庭園を眺めながら時間を過ごしても良いしね。

相楽園の最新情報はこちらでご確認ください。